作曲家、編曲家、ピアニスト、音楽プロデューサーなど、音楽の分野で幅広く活躍した坂本龍一。音楽だけなく、新しい技術を音楽の中に取り入れたり、アート分野のアーティストたちとコラボレーションしたりと、他の分野とも多くかかわりを持ってきました。
そんな坂本龍一の、アート分野での活動にフォーカスした展覧会「坂本龍一トリビュート展 音楽/アート/メディア」が東京の初台にあるNTTインターコミュニケーション・センター [ICC]で開催されています。
坂本龍一とアートとの関わり
坂本龍一は、1952年東京生まれ。1978年に「千のナイフ」でソロデビューするのとともに、同年より「イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)」にも参加。シンセサイザーとコンピュータを駆使した斬新な音楽で1980年代初頭に巻き起こったテクノ / ニュー・ウェイヴのムーブメントの中心となりました。
YMO散開後も音楽を中心に多方面で活動、常に革新的なサウンドを追求していきましたが、2023年3月28日に惜しまれながらこの世を去りました。
音楽を軸に活動してきた坂本龍一ですが、常に新しい技術にも関心を持ち、1990年代にインターネット・ライヴを実施するなど、技術をライヴや作品に取り入れてきました。また、1990年代には岩井俊雄、2000年代以降はカールステン・ニコライや真鍋大度らとともに作品制作を行ったりと、現代美術やメディアアートの分野でも作品を残しています。
会場のICCはヴァーチャル・リアリティやインタラクティヴ技術などの先端テクノロジーを使ったメディア・アート作品を中心に紹介する文化施設。坂本は1991年のICC開館前に開催されたオンライン・イヴェントに参加したほか、その10周年、20周年の記念企画展示も高谷史郎とともに行ってきました。
本展は、ICC主任学芸員の畠中実と、ライゾマティクスの真鍋大度が共同でキュレーションを手掛けた展覧会。今年3月の坂本の訃報を受け、企画をおこなったといいます。
坂本龍一とアーティストたちのコラボレーション
本展は2部構成となっています。
ひとつのセクションは、これまでに坂本とアーティストがコラボレーションして制作された作品の展示で、畠中実がキュレーションを手掛けたもの。カールステン・ニコライ、ダムタイプ、高谷史郎、毛利悠子らとのコラボレーションで過去に制作された作品ですが、今回の展覧会にあわせ、アップデートも行われました。
毛利悠子
ひときわ目をひくのは、展示室の中央に置かれたグランドピアノ。2017年の札幌国際芸術祭で制作・発表された毛利悠子の作品《そよぎ またはエコー》です。
展示では、本作品のために坂本龍一が提供した楽曲が自動演奏で奏でられます。ピアノの上に吊された毛利の作品《I/O》のロール紙がピアノの弦をなぞり、その隣では《Brush》がさらさらと小さな音をたて、そのピアノ演奏とコラボレーションしていました。
ダムタイプ
一列に並んだレコードは、ダムタイプと坂本龍一による《Playback 2022》。
1989年に発表された同名作品をベースに2022年に再構成され、同年のベネツィア・ビエンナーレでの新作《2022》にも組み入れられた作品です。16枚のレコードに、それぞれ世界の都市で行ったフィールドレコーディングの音が収められ、電車の音や人のざわめき、金属がぶつかる音などが会場内に響きます。
李禹煥
李禹煥はドローイング作品2作品を展示。
1つは、坂本龍一の生前最後のオリジナルアルバムになった「12」というアルバムのジャケットの原画。もうひとつは、坂本の病気の平易を祈って個人的に贈られたドローイングで、今まで表には出てこなかったものだそう。李から坂本に宛てたメッセージも書かれています。
データをもとに作品を再構築する試みも
もうひとつのセクションは、真鍋大度がキュレーションを手掛けたパート。こちらでは、坂本の残した演奏データを用い、作品を再構築することも試みられています。
真鍋は2019年より坂本の演奏を特殊な撮影装置でアーカイブするプロジェクトを手掛けてきました。ここで残された音楽データや映像、鍵盤の打鍵の情報などの複数のデータを活用し、Strangeloop Studios、404 zero、カイル・マクドナルドといったアーティストらによって新たに3作品が制作されました。
真鍋大度+ライゾマティクス+カイル・マクドナルドが手掛けた《Generative MV》は、坂本の演奏する映像の背景に、観客が入力したテキストに基づいてAIが背景のエフェクトを生成するミュージックビデオ作品。
リアルタイムにAIがエフェクトを生成する技術はまだ発展途上。現在展示されているものは2023年12月時点での最先端で、まだ過渡期にある技術の現時点でのアウトプットにあたるものだそう。
真鍋は生前の坂本との会話を通じ、坂本が音楽に技術を取り入れる姿勢について「(まだ発展途上にある技術の)不完全で何ができるか分からない部分と、その技術が持っている可能性に興味があり、その部分にあえてチャレンジしたんじゃないか」と感じたといいます。本作は、そうした坂本の考え方を受け継ぐようにも見えます。
このほか真鍋大度は、2014年の札幌国際芸術祭で坂本とのコラボレーション作品として制作した《センシング・ストリームズ》も、生前の坂本龍一のアイディアを取り入れるかたちで本展のためにアップデートして展示しています。
真鍋大度は、「坂本龍一さんは、その時代その時代の新しいテクノロジーと向き合って、ただツールとして使うだけではなく、そこで問題提起をすることを今までされてきた方です。」「もし生きていたら、自分のデータをただ残すだけじゃなく、それを使ってどんな新たな表現ができるかということに向き合ったのではないかと思います。」と語りました。
本展は「坂本龍一の意思をどう継承できるか」という問いもテーマの一つになっており、展示作品を通じ、さまざまな形でそれが引き継がれているようすも感じられます。
まとめ
「坂本龍一トリビュート展 音楽/アート/メディア」展では、坂本龍一というアーティストのアートや技術との関わり方を知るのとともに、作品を通じて彼の新しい技術との向き合い方についても触れられるような展覧会です。
会期中には、館内のシアターで坂本龍一が出演したパフォーマンスやコンサートの記録映像の上映も毎日開催されています。
展覧会情報
坂本龍一トリビュート展 音楽/アート/メディア
公式サイト https://www.ntticc.or.jp/ja/exhibitions/2023/tribute-to-ryuichi-sakamoto-music-art-media/
会期 2023年12月16日(土)—2024年3月10日(日)
会場 NTTインターコミュニケーション・センター [ICC] ギャラリーA
開館時間 午前11時—午後6時(入館は閉館の30分前まで)
入場料 一般 800円、大学生 600円、ICC年間パスポート:1,000円
休館日 毎週月曜日,年末年始(12/28–1/4),ビル保守点検日(2/11)
月曜日が祝日もしくは振替休日の場合,翌日を休館日とします。