画家たちが絵画に描きこんだ ”電線” に対する想いとは? / 電線絵画展 ─小林清親から山口晃まで (練馬区立美術館)

ぷらいまり
ぷらいまり
2021.03.29

あなたは「電線のある風景」って好きですか?電線は ”景観を損ねるもの” として地下化する動きが進む一方、その風景に魅了された写真集が発売されていたり、外国人観光客にとっては“日本で写真に収めたい光景”のベスト3に入ったりも。

そんな「電線」が描き込まれた絵画から、それぞれの時代に電線が果たした役割と、人々への受け入れられ方を読み解く展覧会「電線絵画展-小林清親から山口晃まで-」が練馬区立美術館で開催されています。では、魅惑の電線絵画の世界に足を踏み入れてみましょう。

電線絵画展-小林清親から山口晃まで-  photo by ぷらいまり
(写真撮影:ぷらいまり)

浮世絵の中に電線…? 明治初期に描かれた電線は 当時の最先端!

小林清親《従箱根山中冨嶽眺望》 明治 13 年(1880) 大判錦絵 千葉市美術館蔵  photo by 練馬区立美術館
小林清親《従箱根山中冨嶽眺望》 明治 13 年(1880) 大判錦絵 千葉市美術館蔵(画像提供:練馬区立美術館)

風光明媚な富士山に旅装束と駕籠(かご)。まるで江戸時代のような名所風景のような絵画の中、富士山にも劣らない存在感で描かれているのは、電柱…?!なんだか時代が合わないようにも見えるこちらの作品は、明治13年に描かれた小林清親による錦絵。

モールス信号や電報といった電信を届けるための「電信柱」が日本ではじめて東京横浜間に竣工されるのは明治2年(1869年)。また、電気を届けるための「電力柱(電柱)」が設置されたのは”明治20年(1887年)。明治初期、江戸時代に近い衣服や住居などの文化も残る中、これらの電信柱や電柱は最先端のものであり、近代化に不可欠な「通信」と「エネルギー」を支えるものであった様子も伺えます。

小林幾英《新よし原仲之町満花の図》 明治 22 年(1890) 大判錦絵 3 枚続 浅井コ レクション photo by 練馬区立美術館
小林幾英《新よし原仲之町満花の図》 明治 22 年(1890) 大判錦絵 3 枚続 浅井コ レクション(画像提供:練馬区立美術館)

岸田劉生にとって電柱は特別な存在だった?絵画の中に描かれた電柱への思い

文明開花の象徴のひとつでもあるといえる、電信柱や電柱。しかしながら、文明の利器として歓迎される一方で、初めて見るその姿を恐れて破壊されることもあったのだとか。また、≪帝国議事堂炎上之図≫(小林清親)に見られる、国会議事堂の火災(明治24年(1981年))の原因は電気装置からの漏電であったといわれ、その風評被害で東京電燈会社では約1/4以上の顧客を失うなど、様々な困難があったようです。

また、電線の敷設が景観を害するとの考えから、上野公園への敷設は申請後すぐに可能だったものの、浅草公園への敷設は2年間許可が下りなかったというのだから、電線のある風景の捉え方の違いは当時から続くもののようですね。

それは絵画の世界にも現れているようです。展示の中では、明治・大正・昭和にかけて活躍した版画家・川瀬巴水と吉田博の風景画で比較して見ることができます。木造家屋と電柱の並ぶ風景を情緒たっぷりに描き出す川瀬巴水。これに対して吉田博は、本来そこにあったはずの電線を版画の中には登場させません。

川瀬巴水《東京十二題 木場の夕暮》 大正 9 年(1920) 木版画 渡邊木版美術画舗 蔵 photo by 練馬区立美術館
川瀬巴水《東京十二題 木場の夕暮》 大正 9 年(1920) 木版画 渡邊木版美術画舗 蔵(画像提供:練馬区立美術館)

また、「麗子像」で有名な岸田劉生の描いた風景画のなかにも、繰り返し電柱が描かれてきたといいます。東京の中心部から、徐々に郊外へと広がっていった電力網。東京中心部の出身であり、幼い頃から電気のある風景に親しんでした岸田劉生にとって、その後移住した郊外へと電線が広がっていった風景をうつした作品には、彼の理念やアイデンティティが含まれている、と本展の中では指摘されています。これまで、岸田劉生の作品を「電柱」という観点でみたことってありましたか? 会場には彼の作品5点も並んでいるので、ぜひご覧ください。

岸田劉生《代々木附近(代々木附近の赤土風景)》 大正 4 年(1915) 油彩、キャン バス 豊田市美術館蔵  photo by 練馬区立美術館
岸田劉生《代々木附近(代々木附近の赤土風景)》 大正 4 年(1915) 油彩、キャン バス 豊田市美術館蔵(画像提供:練馬区立美術館)

「碍子」もまるで工芸品? 幅広い角度から電線の魅力に迫る

第二会場では、さらに幅広い視点から現代の電柱をみることができます。目を引くのは「碍子(がいし)」という、電線を支柱などに絶縁固定する器具。有田焼でつくられた碍子をはじめ、その滑らかな形状の美しさや役割に応じた塗装など、まるで工芸品のようです。

松風陶器合資会社《高圧碍子》 明治 39 年(1906) 磁器 東京工業大学博物館蔵  photo by 練馬区立美術館
松風陶器合資会社《高圧碍子》 明治 39 年(1906) 磁器 東京工業大学博物館蔵(画像提供:練馬区立美術館)

画家・山口晃氏による 電線をテーマにした漫画作品や、画家・阪本トクロウ氏の描くミニマルな電線絵画、そしてロストワックス鋳造技法を用いて作品を制作する久野彩子氏の繊細な立体作品など、様々なメディアで電柱を表現した現代アート作品も並びます。

山口晃《演説電柱》 平成 24 年(2012) ペン、水彩、紙 個人蔵 ©️YAMAGUCHI Akira, Courtesy of Mizuma Art Gallery photo by 練馬区立美術館
山口晃《演説電柱》 平成 24 年(2012) ペン、水彩、紙 個人蔵 ©️YAMAGUCHI Akira, Courtesy of Mizuma Art Gallery(画像提供:練馬区立美術館)

この展覧会を開催するきっかけのひとつは、東京オリンピックによって都心部の電線が大規模に地下化されつつあることがあったそうです。見通しの良い街への期待とともに 慣れ親しんだ街の風景への喪失感を感じる中、今一度、電線・電線の登場した明治から現代まで、それらがどのようなまなざしで受け入れられてきたのかを検証したかったといいます。

「電線」は身近に当たり前のようにあるもので、じっくりと見ることは少ないもの。でもこの展覧会を見て街に出ると、思わず空を見上げて、電線の個性的な形や線の巻き方などに目が行ってしまうのではないでしょうか? 絵画を通じて、この身近な電線の歴史と価値、そして様々な観点からの捉え方も考え直すことのできる展示です。

絵画を通じて「電線ある風景」の魅力を体験してみませんか?

※参考図書
電線絵画展-小林清親から山口晃まで- 図録 (求龍堂)
電柱マニア / 須賀 亮行 (オーム社)

展覧会情報

電線絵画展  -小林清親から山口晃まで-

公式サイト https://www.neribun.or.jp/event/detail_m.cgi?id=202012111607684505

会 場   練馬区立美術館
会 期   2021年2月28日(日)~4月18日(日) ※会期中展示替えがございます。
休館日  月曜日 休館
開館時間 10:00~18:00 (入館は17:30まで)

観覧料
一般 1,000円
高校・大学生および65~74歳800円
中学生以下および75歳以上無料(その他各種割引制度あり)
※一般以外の方(無料・割引対象者)は、年齢等 の確認ができるものをお持ちください。

ぷらいまり
WRITER PROFILE

ぷらいまり

都内でサラリーマンしながら現代アートを学び、美術館・芸術祭のボランティアガイドや、レポート執筆などをしています。年間250以上の各地の展覧会を巡り、オススメしたい展覧会・アート情報を発信。 https://note.com/plastic_girl

Twitter:@plastic_candy

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