リアルを超えた「超リアリズム」の世界 / 「上田薫」展 @埼玉県立近代美術館

ぷらいまり
ぷらいまり
2020.12.14
リアルを超えた「超リアリズム」の世界  / 「上田薫」展 @埼玉県立近代美術館 画像提供:埼玉県立近代美術館

いつもの「当たり前フィルター」を外して日常に目を凝らすと、そこは「発見」の宝庫。あえて少しだけ日常から踏み出すことで、一生知ることが無かったかもしれない「発見」と出会えることも。そんな「発見」が、あなたにとても大事な「化学反応」をもたらすかもしれません。

この記事では、あなたの「当たり前フィルター」が外れるきっかけになるかもしれないアートスポットをご紹介していきたいと思います。

今回ご紹介するのは、埼玉県立近代美術館で開催中の「上田薫」展。一見、写真のようにリアルな写実絵画のようですが、どうやらただの”写実”ではないようです。早速、展覧会をみていきましょう。

埼玉県立近代美術館 外観 photo by ぷらいまり
埼玉県立近代美術館 外観(写真撮影:ぷらいまり)

生で見たい、特大サイズのリアルな絵画

重力に従って、ぐにゃりと変形しながら落下する卵の黄身、部分によって粘度の違いも感じ取れるような透き通った白身、そして、殻のヒビの間から少しだけ覗いてうっすらと光を通す薄皮。卵が割れた瞬間を捉えた絵画作品は美術の教科書にも掲載されたそうで、教科書でご覧になったことがある方もいらっしゃるかもしれません。

上田薫《なま玉子 A》 1975年 油彩・アクリル、キャンバス 群馬県立近代美術館蔵 画像提供:埼玉県立近代美術館
上田薫《なま玉子 A》 1975年 油彩・アクリル、キャンバス 群馬県立近代美術館蔵(画像提供:埼玉県立近代美術館)

もちろん、教科書や画集でもそのリアルな描き込みを見て取ることができますが、実際に見ていただきたいと思う理由のひとつはそのサイズ。こちらの作品は高さ約1.6M, 幅1.3M。高さが2Mを超える作品もあります。

「上田薫」展 第3章「時間」を描く 展示風景(埼玉県立近代美術館) 画像提供:埼玉県立近代美術館
「上田薫」展 第3章「時間」を描く 展示風景(埼玉県立近代美術館)(画像提供:埼玉県立近代美術館)

卵やゼリー、ジャムなど、身近にある見慣れたものがとてもリアルに描かれていますが、それが実物をはるかに上回る大きさで目の前に示されたとき、実物を見ても気づかなかった箇所にまで目が向き、リアルな表現なのに現実感のない、なんとも不思議な感覚に陥ります。

光を捉え、キャンバスの中に世界を閉じ込める

今回の展覧会では、上田薫さんの大学時代から90歳を超える現在まで、80点を超える作品が一堂に会しています。学生時代は抽象絵画を描いていたという上田さん。スランプに陥って抽象絵画が描けなくなった際、頭を空っぽにする意味で「クソリアリズム」と呼びながら、写実的な絵を描いていた※1といいます。

そうしたなかで、まるで図鑑のように、背景を描かずに対象そのものだけをただひたすらリアルに描くという手法を確立。さらにその絵画の中に、生卵が割れる瞬間やジャムが滴り落ちるような瞬間などの「時間」を取り込むようになり、続いて、泡やシャボン玉をモチーフに「光」をも取り込むようになっていきます。

上田薫《スプーンのジャム A》 1974年 油彩・アクリル、キャンバス 東京都現代美術館蔵 画像提供:埼玉県立近代美術館
上田薫《スプーンのジャム A》 1974年 油彩・アクリル、キャンバス 東京都現代美術館蔵(画像提供:埼玉県立近代美術館)

例えば、ガラスのコップに入った水を描いた《コップの水》のシリーズでは、背景もない状態で、光の反射の様子や水とコップの屈折率の違い、コップのちょっとしたゆがみを表現することで、絵の具を使って「無色透明」を描くことが出来るのかという驚きを与えられます。

「上田薫」展 第4章「光」を描く 展示風景(埼玉県立近代美術館) 画像提供:埼玉県立近代美術館
「上田薫」展 第4章「光」を描く 展示風景(埼玉県立近代美術館)(画像提供:埼玉県立近代美術館)

また泡をモチーフとした作品では、刻々と色と形を変えていくはずの玉虫色の干渉光のなかに、その様子を撮影するご自身の姿と部屋の様子が反射し、泡を取り囲むその空間全体が半球状の泡の中に封入されているようです。

上田薫《あわ D》 1979年 油彩・アクリル、キャンバス 画像提供:埼玉県立近代美術館
上田薫《あわ D》 1979年 油彩・アクリル、キャンバス(画像提供:埼玉県立近代美術館)

特に「第4章 「光」を描く」のセクションでは、光の描き方が突出した作品を多数みることができますが、作品を時系列で見ていくと、テーマやモチーフを変えながらも、初期から現在まで一貫して、反射、透過、干渉、散乱… といった、様々な「光」を描き出している様子が印象に残ります。

リアルなのに「写実」ではない絵画とは?

ここまで見てきたように、作品はどれもとてもリアル。でも、上田さんご自身はこれらの作品は「リアリズムでも写実でもないですよ」※1といいます。

上田薫《サラダ E》 2014年 油彩、キャンバス 画像提供:埼玉県立近代美術館
上田薫《サラダ E》 2014年 油彩、キャンバス(画像提供:埼玉県立近代美術館)

僕の好きなクールベは、「私は天使を描かない。なぜならば、天使を見たことがないからだ」という有名な言葉がありますが、僕もこんなのは見たことがないし、第一、卵を割るのは空中で割れるわけじゃなくて、誰かが持って割っているわけでしょう。ですから、リアリズムではないわけです。

「上田薫画集 」(株式会社名古屋画廊 編)より

重力から解放されたように無背景のなかに浮かんで見えるモノや、そのモノの一瞬の動きは、「リアル」に見えて、絵画の中でだけで表現されるリアルを超えた世界なのかもしれません。

展覧会の最後には、90歳を超えてもなお、ひたすら忠実に光を捉え続ける制作の様子を映像で拝見することができます。

リアルを超えた絵画の世界、是非、生でご覧になってみてください。

展示室内は撮影禁止です。写真はすべて埼玉県立近代美術館にご提供いただいております。
※1 「上田薫画集 」(株式会社名古屋画廊 編)より

展覧会情報

上田 薫

公式サイト https://pref.spec.ed.jp/momas/ueda_kaoru

会期    2020年11月14日(土・県民の日)~2021年1月11日(月・祝)
休館日   月曜日(11月23日及び1月11日は開館)及び12月28日(月)~1月5日(火)
開館時間  10:00 ~ 17:30 (入場は17:00まで)
観覧料   一般1100円(880円)、大高生880円(710円)
※( ) 内は20名以上の団体料金。
※中学生以下、障害者手帳等をご提示の方 (付き添いの方1名を含む) は無料です。
※併せてMOMASコレクション (1階展示室) もご覧いただけます。

ぷらいまり
WRITER PROFILE

ぷらいまり

都内でサラリーマンしながら現代アートを学び、美術館・芸術祭のボランティアガイドや、レポート執筆などをしています。年間250以上の各地の展覧会を巡り、オススメしたい展覧会・アート情報を発信。 https://note.com/plastic_girl

Twitter:@plastic_candy

FOLLOW US

RELATED ARTICL

関連記事

SPECIAL

特集

HOT WORDS

CATEGORY

カテゴリ

何気ない毎日に創造性のエッセンスをもたらす日常の「なにそれ?」を集めました。
ちょっとしたアクションで少しだけ視野を広げてみると、新たな発見って実は身近にあるのかも。