普段、私たちが見ているこの世界。
ほんの少しだけ「数学」を知ってみると、意外な奥行きが見えてくるかもしれません。
今回は、「もしも地図がなかったら……」という場面を考えていきます。
スマホがある今、「地図がない」という状況は考えづらいかもしれません。しかし、そんな不便な場面を想定してみると、数学が役立つことが見えてきます。
もしも地図がなかったら……
最近、地図を見る機会はありましたか?
コロナ禍で外出機会が減り、「地図を見る機会が減ったなあ」という人も多いかもしれません。
しかし、初めての場所に行くときなど、やはり地図は欠かせないものです。旅行先などでは、手放せない存在ですよね。
特に最近では、スマホの地図の便利さに驚かされます。
現在地を示し、ナビまでしてくれる……一昔前では考えられないほど高機能になっています。
当たり前に存在している上、どんどん便利になっている地図ですが、よくよく考えてみると「誰かがつくってくれたもの」ですよね。そして、大昔には「地図がなかった時代」もあったことでしょう。
そこで今回、試しに「もしも地図がなかったら……」というシチュエーションを想定してみたいと思います。
スカイツリーまでの距離は?
あなたは、地図がない状態で、東京を観光しているとします。すると、向こうの方に「東京スカイツリー」が見えました。
「せっかくなので、歩いてスカイツリーまで行こう!」と思ったのですが、地図がないため、ここからどのくらいの距離があるかわかりません。
もしも、かなりの距離を歩かなければならないとしたら、大変ですよね。スカイツリーは634メートルもあるので、近そうに見えて、案外すごく遠くにあるかもしれません。
地図なしで、大まかな距離を把握するには、どうしたら良いのでしょうか?
こんなときに、とても役に立つ情報が3つあります。
それは、「仰角(ぎょうかく)」「地面から目までの高さ」「三角形の比」です。これらがわかると、スカイツリーまでの距離を計算することができるのです。
まず、「仰角」とは、何かを調べてみると……
物を見上げたときの視線の方向と、水平面とのなす角
とのこと。天文学では「高度」とも呼ぶそうです。
今回のケースでは「スカイツリーのてっぺんを見上げたとき、あなたは視線の角度を、水平面からどのくらい上げたか?」に対応します。
つまり、下の図の角\(a\)が、仰角です。
仰角をキッチリ正確に測るためには、精密な計測機器が必要になってくるでしょう。しかし、簡易的に大まかな角度を測る方法がいくつかあります。
なかでも、分度器や重りを使って、簡単な計測器をつくる方法が有名です。少し手間はかかりますが、工作好きの人であれば、楽しんでつくることができると思います。よかったら調べてみてくださいね!
また、星の観測では「げんこつ」などの手の形を使って仰角を測ることもあるそうです。以下のサイトでは、げんこつ1個が10°に相当することを使って、仰角を測る方法を紹介しています。
※NHK for School「げんこつを使った高度のはかり方」
今回のケースでは、仰角が30°であったとしましょう。
次に、調べるのは「地面から目までの高さ」です。
これは、おおよそ
「あなたの身長」-「あなたの目から頭のてっぺんまでの長さ」
に相当します。
※車椅子などを使用している場合は、この限りではありません。「身長」を「座った状態での自分の高さ」に変えて、計算する必要があります。
「あなたの目から頭のてっぺんまでの長さ」は、人によってさまざまではありますが、およそ10~15センチであると言われています。
したがって、
「あなたの身長」- 10センチ
を計算すると、大体の「地面から目までの高さ」が得られます。
もちろん、厳密には、この式では不正確で、靴の厚みなども考慮するべきです。本来であれば、精密な計測機器を使用して、きちんと測るべきでしょう。
しかし今回は、すぐにわかる情報で、大まかに計算することにします。
例えば、「あなたの身長」が170センチ、「あなたの目から頭のてっぺんまでの長さ」が10センチであるとしましょう。
すると、「地面から目までの高さ」は
170センチ – 10センチ = 160センチ
ということになります。
では、この二つの情報「仰角」と「地面から目までの高さ」を、図にあてはめてみます。
三角形ABCの高さ(辺AC)は
「スカイツリーの高さ」-「地面から目までの高さ」
なので、単位をメートルにして計算すると、
634メートル – 1.6メートル = 632.4メートル
です。
ここまでで、三角形ABCについて、かなり色々なことがわかってきましたね。
知りたかったのは「スカイツリーまでの距離」なので、三角形ABCの底辺(辺BC)がわかれば、見事解決となります。
最後に、もう一つの重要情報「三角形の比」を使って、仕上げとしましょう!
「三角形の比」で距離がわかる!
まずは、ここまでで得られた情報を、図にあてはめてみます。
改めて、三角形ABCに注目してみましょう。
内角が「30°と60°と90°」ですよね。
この形状の直角三角形、どこかで見たことがありませんか?
正三角形を半分にした直角三角形です。三角定規の形状としても有名ですよね。
また、中学校では、辺の長さの比が「\(1:2:\sqrt{3}\)」と習った記憶があるのではないでしょうか。
つまり、三角形ABCの辺の長さの比は
\[
AC:AB:BC=1:2:\sqrt{3}
\]
となっているのです。
辺ACは、632.4メートルなので
\[
AC:BC=1:\sqrt{3}
\]
であることから、スカイツリーまでの距離(辺BC)は
\[
BC= AC \times \sqrt{3} = 632.4 \times \sqrt{3}
\]
となります。
\(\sqrt{3}\)の値は、およそ1.73です。中高生のときに「ひとなみにおごれや(1.7320508)」という語呂合わせで、\(\sqrt{3}\)の値を記憶した人もいるのではないでしょうか。
この値を使って計算してみると
\[
632.4 \times 1.73 = 1094.052
\]
となり、目標にしていた「スカイツリーまでの距離」が計算できました!
約1100メートル、つまり、約1.1キロメートルなので、およそ徒歩圏内であることが確認できましたね。
もちろん、歩く速度は人それぞれではありますが、そんなに無茶な距離ではなさそうです。
また、もしも「632.4×1.73を暗算するのはしんどい」と感じる人は、大きめに見積もって「650×2よりは小さい値になるから、1300メートルよりは小さいだろう」と計算してみるのもよいでしょう。
こんな風に考えてみると、地図なしでも、できることはたくさんあるんですね!
とても便利な「三角比」
今回のケース、実はちょっとズルいことをしています。
仰角が30°で、直角三角形ABCの内角が「30°と60°と90°」の有名な直角三角形だったため、辺の長さの比がすぐにわかってしまっていた点です。
もしも、三角形ABCが有名な直角三角形ではない場合はどうしたら良いのでしょうか?
たとえば、仰角が20°で、直角三角形ABCの内角が「20°と70°と90°」であった場合、どのように辺の長さの比を求めれば良いのでしょうか?
未知の直角三角形だったとしても、なんとかする方法があります。
一番シンプルな方法は、「紙に直角三角形を描いて、長さを測って比を計算すること」です。
つまり、直角三角形ABCと相似な「ミニサイズの直角三角形」を紙に描いて、その辺の長さを測って、比を計算します。
定規や分度器が必要なので、少々大変な方法ではあります。しかし、現実の直角三角形ABCは、高さ600メートル超えの超巨大三角形なので、この長さを直接測ることに比べれば、はるかに簡単な方法ですよね。
このように、相似な三角形を紙の上に描くことで、間接的に、直角三角形ABCの辺の長さの比を知ることができるのです。
そして、先ほどのように、「AC:BC」という辺の長さの比と、辺ACが632.4メートルであることを使って、スカイツリーまでの距離を求めることができます。
ここでのポイントは「ミニサイズの直角三角形」と「辺の長さの比」を考えた点です。
この工夫により、大きすぎて直接測ることができない対象を、紙の上で計算できるようになりましたよね。
そう考えると、「三角形の比」は、とても重要であることがわかります。
「三角形の比」……といえば、高校時代に「三角比」を習いませんでしたか?「サイン・コサイン・タンジェント」という言葉は、多くの人が覚えていることでしょう。
実は、今回出てきた「AC:BC」は、タンジェントに対応します。
仰角を\(a\)とすると
\[
\tan{a}=\frac{AC}{BC}
\]
となっているのです。ここで出てくるタンジェントは仰角\(a\)によって、値が決まります。
そして、スカイツリーまでの距離(辺BC)は
\[
BC=\frac{AC}{\tan{a}}
\]
と計算できるのです。辺ACが632.4メートルなので、\(\tan{a}\)の値を把握しておけば、スカイツリーまでの距離が計算できるんですね!
このように考えてみると、三角比は測量に役立つことがわかります。
スマホやGPS、さらには紙の地図すらもなかった時代には、三角比が強力な道具であっただろうことが想像できますね!
現代では、著しい科学技術の発展により、三角比の必要性を実感する機会は少なくなっています。スカイツリーまでの距離を知りたければ、わざわざタンジェントを考えるまでもなく、スマホで調べれば良いからです。
しかし、「もしも○○がなかったら……」「昔の人はどうしていたのかな?」と考えてみることで、数学の利便性が見えてくることがあります。便利な世の中ではありますが、こんな風に思考実験してみると、新たな発見があるかもしれませんよ!
参考文献
●NHK for School「げんこつを使った高度のはかり方」(2022/1/18参照)
https://www2.nhk.or.jp/school/movie/clip.cgi?das_id=D0005400158_00000
●Weblio辞書 デジタル大辞泉「仰角」(2022/1/18参照)
https://www.weblio.jp/content/%E4%BB%B0%E8%A7%92