普段、私たちが見ているこの世界。
ほんの少しだけ「数学」を知ってみると、意外な奥行きが見えてくるかもしれません。
今回のテーマは「フィールズ賞」です。
「フィールズ賞」は、数学における非常に権威ある賞の一つ。一体、どのような賞なのでしょうか?
毎年ワクワクする!ノーベル賞受賞者発表
毎年、ノーベル賞受賞者の発表に日本中が沸き立ちますよね。
「どんな研究が受賞するんだろう?」「日本人受賞者は?」など、子どもも大人もワクワク。ノーベル賞は、私たちが学問に興味を持つ大きなきっかけとなっています。
2021年も、真鍋淑郎氏のノーベル物理学賞受賞などが話題となりました。
ところで、「ノーベル物理学賞」や「ノーベル化学賞」はあるのに、「ノーベル数学賞」って聞いたことがないですよね。同じ理系分野なのに、不思議だとは思いませんか?
実は、そもそも「ノーベル数学賞」は存在していないのです。
「なぜノーベル数学賞が存在しないのか?」については、明確な理由はわかっていません。しかし、「ノーベルには恋敵の数学者がいたから」という俗説があります。興味をかきたてられる話ではありますが、真実かどうかは不明なので、ここでは、これ以上の言及はしないことにします。
「ノーベル数学賞」が存在しないのは残念なことではありますが、「数学のノーベル賞」と呼ばれる有名な賞が存在しているのです!
それが「フィールズ賞」です。
フィールズ賞とは?
フィールズ賞は、カナダの数学者フィールズ氏の提案によってつくられた賞です。
1932年に創設が正式に決まり、1936年からフィールズ賞の授与がはじまりました。
「数学のノーベル賞」とは呼ばれていますが、フィールズ賞にはノーベル賞とは異なる特徴があります。
その一つは、受賞者は40歳以下の人に限定されているということ。より正確に言うと、「フィールズ賞授与の年の1月1日以前に、40歳を迎えている人は候補者とならない」というルールがあります。
数学者における「40歳以下」は、若手に分類される年齢です。高齢の受賞者が少なくないノーベル賞とは、大きく異なっています。
そして、もう一つは、受賞者発表は4年に一回であるということ。4年に一回だけだから、それなりに受賞人数が多い……なんてことはありません。受賞しているのは、毎回2~4人程度です。
まるでオリンピックのようですよね。この点も、毎年受賞者が発表されるノーベル賞とは大きく異なっています。
「40歳以下、4年に一回」と考えると、非常に狭き門であることがわかりますよね。
そんな恐ろしくハードルの高い賞を受賞した日本人数学者は、過去3人います。
日本人初受賞者は、1954年に受賞した小平邦彦氏です。その後、1970年に広中平祐氏、1990年に森重文氏が受賞しました。
3人の研究を論文や専門書を読んで理解する……というのは、なかなかハードルが高いことですが、「フィールズ賞受賞者の頭の中」を少しだけ覗けるオススメの本があります。
それは、小平邦彦氏のエッセイ『怠け数学者の記』(岩波現代文庫)です。
数学者が、どんな風に数学を勉強したり、研究したり、日々をどのように過ごしているかなどの一端を知ることができます。
特に、小平邦彦氏が提唱する「数覚」に関する記述は、とても興味深い内容となっています。「数覚」とは、簡単に言えば「数学的現象を知覚する感覚」のことです。「音を知覚する聴覚」や「匂いを知覚する嗅覚」といった五感のように、「数覚」というものも存在すると、小平邦彦氏は考えています。
平易かつ切れ味のある文章で書かれた、示唆に富んだエッセイは、理系のみならず、ぜひ読んでほしい一冊です!
フィールズ賞受賞!……のはずが意外な結果になった2人
では次に、日本人以外のフィールズ賞受賞者に目を向けてみましょう。
今回は、異色のフィールズ賞受賞者を2人紹介します。実は、厳密に言うと、フィールズ賞受賞者ではないかもしれない二人なのですが……一体、何があったのか見ていきましょう。
まず一人目は、1998年に「特別表彰」という異色の形で表彰された、イギリスの数学者アンドリュー・ワイルズ氏です。
彼は、約360年も未解決だった超難問「フェルマーの最終定理」を解決した数学者です。
これだけの偉業なので、フィールズ賞受賞は当然のこと……なのですが、ワイルズ氏は1953年生まれ。1998年には40歳を超えていたのです。
「40歳以下」という年齢制限により、ワイルズ氏は「特別表彰」という形になりました。そのため、「ワイルズ氏はフィールズ賞受賞者である」と言うのは、厳密には誤りであるかもしれません。
しかし、フィールズ賞の公式サイトの「The Fields Medalists, chronologically listed」には、ワイルズ氏の名前が書かれているのです(もちろん、「特別表彰」であることは明記されています)。異色ではありますが、フィールズ賞受賞者を語る上で、触れておきたい人物の一人であると言えるでしょう。
また、フェルマーの最終定理は、とてもシンプルな整数論の定理で、その主張だけであれば、中高生も十分に理解できるものです。ぜひ調べてみてくださいね。
そして二人目は、2006年の受賞者である、ロシアの数学者グリゴリー・ペレルマン氏です。
彼もまた、約100年も未解決だった超難問「ポアンカレ予想」を解決し、その業績により、フィールズ賞の受賞が決定しました。さらに、ポアンカレ予想には100万ドルの懸賞金がかかっていたため、100万ドルの獲得も決定したのです。
名誉ある賞と100万ドル、どちらも得られるなんて幸せ!……かと思いきや、ペレルマン氏はいずれの授与も辞退したのです。このことは、世界的に大きな話題となりました。
そして、ポアンカレ予想の解決後、ペレルマン氏は表舞台に出ることを避けているようです。なんにせよ、どこかで心穏やかに過ごしていることを願うばかりです。
このような経緯があるため、ワイルズ氏同様、「ペレルマン氏はフィールズ賞受賞者である」と言うのは、厳密には誤りであるかもしれません。しかし、フィールズ賞の公式サイトの「The Fields Medalists, chronologically listed」には、ペレルマン氏の名前が書かれています(もちろん、受賞の辞退について明記されています)。彼もまた、異色ではありますが、フィールズ賞受賞者を語る上で、触れておきたい人物の一人です。
また、ポアンカレ予想は「トポロジー(位相幾何学)」と呼ばれる分野の予想です。以前、トポロジーについて紹介した記事を書いたので、良かったら読んでみてくださいね!
しかし、ペレルマン氏は、純粋なトポロジーの手法でポアンカレ予想を証明したわけではありません。物理学に関連した「微分幾何学」という分野の手法を用いて、ポアンカレ予想を証明し、トポロジーの研究者たちを驚かせたのだそうです。
今回紹介した数学者のほかにもフィールズ賞の受賞者には、スーパースター数学者がたくさんいます。
そんなフィールズ賞、次の「4年に一回」はいつかと言うと……2022年です!
果たして、どんな研究が受賞するのでしょうか?ノーベル賞とともに、フィールズ賞の受賞者決定も盛り上がっていきたいですね!