普段、私たちが見ているこの世界。
ほんの少しだけ「数学」を知ってみると、意外な奥行きが見えてくるかもしれません。
今回のテーマは「個数を数える」です。
子どもの頃から当たり前に行っている「数える」という作業。実は、意外と奥深いんです!
山にある木の本数は何本?
日常の中で私たちは、「個数を数える」ことをよく行っています。
例えば、買い物で「玉ねぎ3個と、ニンジン2本を買おう」というときも、目視で品物の個数を数えていますよね。
普段、当たり前に行っていることなので、なにも難しいことはないように感じます。
しかし、「たくさんあるもの」や「数えにくいもの」となると、そう簡単にはいきません。それを示す、豊臣秀吉のこんな逸話があります。
秀吉が織田信長に仕えていた頃の話です。
秀吉は信長から「山にある木の本数を数えて来なさい」と言われました。
山にはたくさんの木がある上、整列してきれいに並んではおらず、非常に数えにくいです。しかも、どの木も似ているため、重複して数えてしまう恐れもあります。
そのため、たくさんの人数で手分けして数えたとしても、正確な本数を把握するのは至難の業です。
しかし、ここで秀吉は見事な機転を利かせます。
まず、紐を十分な本数用意し、その紐の本数を確認します。そして、1本の木に、1本の紐をくくりつけていったのです。全ての木に紐をくくりつけ終えたら、手元に残っている紐の本数を確認します。
例えば、最初に500本の紐を用意した場合、手元に25本の紐が残ったとしたら、500-25=475本が山の木の本数であることがわかります。
さすが秀吉!見事な方法ですね!
対応関係をつくる……数学の「写像」とは?
秀吉の賢かったところは「木そのものを直接数えなかったところ」です。
「木1本」と「紐1本」を対応させて、紐の本数を数えることにより、間接的に木の本数を把握していました。
秀吉のケースのように、数えにくい対象を数える場合、「対応関係」をつくることで、うまく数えられることがあります。
例えば、遊園地の来園者数を数えるとき、人の数を直接数えることはしないはずです。券売機で購入されたチケットの枚数などから、来園者数を把握していることが多いでしょう。
各チケットにナンバーが振られているとすると、
Aさん → チケットNo.1
Bさん → チケットNo.2
Cさん → チケットNo.3
Dさん → チケットNo.4
…
といった具合で、「来園者1人」と「チケット1枚」を対応させて、来園者数を数えているのです。
このような「対応関係をつくる」という考え方は、数学における「写像」というものに通じています。
写像とは、すごく簡単に言うと、「あるモノを、ある1つのモノに結びつける対応」のことです。
例えば、
1→5 (1に5を対応させる)
2→10 (2に10を対応させる)
3→15 (3に15を対応させる)
4→20 (4に20を対応させる)
5→25 (5に25を対応させる)
…
のような「5倍して対応させる」というのも、写像の1つです。
中学校や高校では、このような対応関係を\(y=5x\)と書いて、「関数」という言葉で表現していましたよね。実は、このような関数も写像の1つなのです。
(※正確には、写像では「どの集合からどの集合への写像か?」を明示する必要があります。中学や高校で扱う関数は、実数から実数への写像であることが多いです。)
また、「写像」は、英語で「map」や「mapping」といいます。確かに、地図(マップ)では「地図上の場所」と「実際の場所」を結び付け、きちんと対応させなければならないですよね。
「写像」は個数の把握に便利!
写像は、個数の把握に便利です。簡単な例から、その理由を探ってみましょう。
まず、赤と青と黄の三色の紐が一本ずつと、スギとヒノキとマツの三種類の木が一本ずつあるとしましょう。
{赤,青,黄}から{スギ,ヒノキ,マツ}への写像の一例として
赤→スギ
青→ヒノキ
黄→マツ
が考えられます。
きれいな1対1の対応関係になっていますよね。秀吉の例で言うと、スギに赤の紐、ヒノキに青の紐、マツに黄の紐がくくりつけられている状態です。三本の木に、一本ずつ紐がくくりつけられているため、秀吉の狙い通りですね。
では、次に、赤と青と黄の三色の紐が一本ずつと、スギとヒノキの二種類の木が一本ずつあるとしましょう。
{赤,青,黄}から{スギ,ヒノキ}への写像の一例として
赤→スギ
青→ヒノキ
黄→スギ
が考えられます。
先ほどと違い、1対1の対応関係にはなっておらず、赤と黄の2つがスギと対応してしまっています。秀吉の例で言うと、スギに赤と黄の2本の紐がくくりつけられ、ヒノキに青の紐がくくりつけられている状態です。紐が過剰となっていますね。
最後に、赤と青の二色の紐が一本ずつと、スギとヒノキとマツの三種類の木が一本ずつあるとしましょう。
{赤,青}から{スギ,ヒノキ,マツ}への写像の一例として
赤→スギ
青→ヒノキ
が考えられます。
この場合、「赤→スギ」「青→ヒノキ」は1対1の対応関係になっていますが、マツと対応する紐が存在していません。秀吉の例で言うと、スギに赤の紐、ヒノキに青の紐がくくりつけられていますが、マツには紐がくくりつけられていない状態です。紐が不足していますね。
このように考えると、同じ個数から同じ個数を対応させる場合でないと、最初の例のような「きれいな1対1対応関係」がつくれないであろうことがわかります。
秀吉の方法では、「何本あるかわからない山の木」と「475本の紐」の間に、きれいな1対1の対応関係をつくることで、山の木の本数を把握していましたよね。
この「きれいな1対1の対応関係」こそが、個数を数える上で非常に大切なポイントです。
数学の言葉では、これを「全単射」と言います。つまり、個数を把握するときには、「全単射である写像」が重要なのです。
もちろん、{赤,青,黄}と{スギ,ヒノキ,マツ}のような、目視で簡単に「どちらも3個だ」と数えられる場合は、わざわざ工夫する必要はありません。しかし、秀吉のケースのような、数えにくいものを数えるときには、「全単射である写像」を使って工夫すると、一気に数えやすくなることがあるのです。
特に、数学では「無限集合」という、要素が無限にある集合を頻繁に扱います。例えば、1,2,3,4,5…といった数(正の整数)は無限に存在しますし、偶数や奇数も無限に存在します。
このような「無限に存在するもの」を、直接数えるわけにはいきません。いくら時間をかけても、永遠に数え切ることができないですよね。そのため、写像を使いながら、「この無限集合と、あの無限集合は、同じ個数かどうか?」などを確認していくのです。
(※正確には、無限集合の場合は、「個数」ではなく、「濃度」と表現します)
日常生活では、無限集合について考える機会はなかなかないと思います。しかし、「数えにくいものを数える」ということは、起こるかもしれませんよね。そんなときに、「対応関係」をうまく使うと、秀吉のようにサクッと解決できてしまうかも……?