普段、私たちが見ているこの世界。
ほんの少しだけ「数学」を知ってみると、意外な奥行きが見えてくるかもしれません。
今回は、便利で面白い、数学の証明法を紹介します。矛盾を導く証明法で、その様子は、まるで探偵や敏腕刑事のよう!
好きな推理小説や刑事ドラマなどを思い浮かべながら、読んでみてくださいね。
矛盾を導き、事件を解決!
探偵や刑事が主役の作品は、子どもから大人まで広く人気がありますよね。
青山剛昌さん原作の漫画『名探偵コナン』、テレビ朝日系列のドラマ『相棒』など、長年世代を超えて愛され続ける名作がたくさん。
探偵や敏腕刑事が、見事な推理や尋問で事件を解決するプロセスには、夢中になってしまいますよね。
そのなかでも、容疑者の証言や、物的証拠などに「矛盾」が生じて、事件解決のカギとなる……という展開に、ハラハラすることがあります。
では、例として、架空の事件の捜査を見てみましょう。どこかに矛盾が隠れているので探してみてくださいね。
8月2日に、東京である事件が発生しました。13時~15時頃の犯行と推測されています。
容疑者として浮かび上がったのは太郎さんと次郎さん。2人は友人同士です。
ある探偵が、この2人を調べることになりました。
まず、太郎さんを調べてみると、太郎さんは8月1日から8月3日まで、出張で北海道に行っていたことがわかりました。ホテルの予約履歴や、関係者の証言などから、この事実は確実なようです。また、8月2日の13時に、太郎さんは、北海道の取引先の人とミーティングをしていたことがわかりました。アリバイが成立しています。
そこで、探偵は次郎さんを尋問することにしました。
探偵「8月2日の13時~15時頃、次郎さんは何をしていましたか?」
次郎「レストランで友人と食事をしていました」
探偵「そうなんですね。レストランの場所はどこでしたか?」
次郎「新宿です」
探偵「その友人は誰ですか?」
次郎「太郎さんです」
このやりとりから、探偵は「次郎さんが犯人ではないか」と推測し、次郎さんをくわしく調査することに決めました。
もしも、この話が本当だと仮定すると……
先ほどのやりとりの矛盾点は、次郎さんが「8月2日の13時~15時頃、太郎さんと新宿で会っていた」と発言したところです。この話が本当だとすると、太郎さんが出張で北海道にいたことと矛盾してしまいます。
もしかすると、探偵は、次郎さんが「レストランで友人と食事をしていました」と答えた時点で、「次郎さんはウソをついているかも」と思ったかもしれません。
しかし、ここで探偵は「ウソをついてるだろ!本当のことを言え!」と言うことはせず、いったん「そうなんですね」と、次郎さんの話を真実として受け入れました。そして、質問を続けて行き、矛盾点を導き出したのです。
ポイントは「探偵が、いったん次郎さんの話を真実として受け入れた」ところ。「もしも、この話が本当だと仮定すると……」という前提を置くことで、おかしな点が浮かびあがってきました。
まとめると
①いったんウソであると思われることを、本当だと仮定してみる
②その前提のもとで調べていくと、矛盾が導き出せた
③ウソであることが、証明された
というプロセスを踏んでいたのです。
実は、これによく似た「矛盾を導く証明法」が数学には存在しています。
探偵気分で数学の証明にチャレンジ!
では、矛盾を導く証明法を体験してみましょう。
まずは、問題を出すので、探偵になったつもりで考えてみてくださいね。
【問題】
ミカンが21個あり、これを4人に配ります。このとき、少なくとも誰か1人は6個以上のミカンを受け取ることを証明してください。ただし、全てのミカンは、必ず誰かしらに配布されるとします。
まずは、具体例を考えてみましょう。
4人をAさん、Bさん、Cさん、Dさんとします。
例えば、21個の配り方として
Aさん:4個
Bさん:7個
Cさん:3個
Dさん:7個
や
Aさん:5個
Bさん:5個
Cさん:5個
Dさん:6個
などを考えてみると、確かに、少なくとも誰か1人は6個以上のミカンを受け取ることになりそうです。
これをスッキリと証明するために、矛盾を導く証明法を使ってみましょう。
今回の場合、証明したいことは「少なくとも誰か1人は6個以上のミカンを受け取る」です。これを否定し、「全員が5個以下しかミカンを受け取らない」と仮定します。
もちろん「全員が5個以下しかミカンを受け取らない」は真実ではないでしょうが、先ほどの探偵のように、いったんは真実として受け入れてみましょう。
この仮定のもと、4人が受け取ることができるミカンの最大個数を考えてみます。
「全員が5個以下しかミカンを受け取らない」と仮定しているので、それぞれが受け取ることができるミカンの最大個数は5個です。したがって、以下のようになります。
Aさん:5個
Bさん:5個
Cさん:5個
Dさん:5個
このとき、ミカンの合計個数は4×5個、つまり、20個。これが、4人の受け取ることができるミカンの最大個数となります。
しかし、ミカンは21個ありますよね。「全てのミカンは、必ず誰かしらに配布される」という条件があったのに、配布できるミカンの最大個数は20個。これでは21個全てを配り切れず、矛盾が生じてしまいました。
ということは、「全員が5個以下しかミカンを受け取らない」という仮定が間違っていたということになります。したがって、「少なくとも誰か1人は6個以上のミカンを受け取る」ということが証明できました。
このような、矛盾を導く証明法は、高校数学の教科書などでは「背理法」という名前で紹介されています。
この証明法では
①証明したいこと(命題)が成り立たないと仮定する
②その仮定のもとですすめていくと、矛盾が導き出される
③これにより、証明したいことが示される
というプロセスを踏みます。
ミカンの例では
①「全員が5個以下しかミカンを受け取らない」と仮定
②4人が受け取ることができるミカンの最大個数は20個なので矛盾
③「少なくとも誰か1人は6個以上のミカンを受け取る」が示された
という流れで証明していました。
今回の例に限らず、矛盾を導く証明法は、数学において非常に有用な証明法です。
例えば「○○は無限に存在する」という命題を証明したいときには、「○○は有限個しか存在しない」と仮定して矛盾を導き出すことがあります。ぜひ「素数は無限に存在する」の証明を調べてみてくださいね。
探偵の取り調べのように、ウソを「そうなんですね」といったん受け入れて、矛盾を導く証明法。日常生活でも、この証明法のような思考を取り入れてみてはいかがでしょうか。
例えば、冷蔵庫に買ったはずのプリンがないとき、家族に「食べた?」と質問しても、全員が「食べてない」と答えたとしたら……「食べたでしょ!」と怒る前に、「食べてない」と仮定して、一人一人に質問してみると、あっさり犯人が見つかることがあるかもしれません!