どもー! 今月もナンスカピーポーやって参りました!川勝小遥です。
第4弾となった今回は彫刻家の平田尚也さんです!
彼との出会いは私が大学時代からお世話になっているグラフィックデザイナーの岡本晋太さんの妹でもあり知人の、彫刻家 岡本沙子さんに「素敵なアーティストいない?」と聞いたことから始まりました。その際に見せてもらった平田さんのInstagramで作品に一目惚れして、トーキョーアーツアンドスペース本郷で開催された彼の展示に足を運んでからのお付き合いになります。とても真っ直ぐで職人的でいて柔軟な心を持った彼の、今の活動にいたるターニングポイントや実現したいことについて伺いました。
中学生の頃に訪れた現代美術館で、「現代美術」を初体験
__気鋭な作品を排出し続ける平田さんはどのような幼少期を過ごされたのですか?
私は長野県上田市の一般家庭に生まれました。特に両親が美術をやっていたとかいうわけではなく、小学校のクラスに1人はいる絵が他人より少し上手いやつみたいなポジションの子供でした。どちらかというと絵を描くことよりも粘土をいじってる方が好きでしたが。
__彫刻家となる原点がそこにあった訳ですね!
今の活動にいたる最初のキッカケは、中学生の頃、課外授業で軽井沢にある現代美術館に行ったことだと思います。
そこで生まれて初めて「現代美術」というものを体感して、お恥ずかしながらとても感銘を受けたんです。特にアンゼルム・キーファーの”革命の女たち”というインスタレーション作品は今でも強く記憶に残っています。「まず“インスタレーション (*1“って何ですか?」っていうレベルでしたけど (笑)。だいたいそのときから美術というものを意識し始めました。自分もこの人たちの仲間に入りたいと。
(*1 インスタレーション:観客が体験、体感するアート作品。空間演出のこと。
その後高校に入り、美術部に所属しながら美術大学の彫刻科を志望します。そこではデッサンや模刻よりも、とにかく立体作品がつくりたいというピュアな思いで制作に猛進するんですが、立体は平面よりもお金がかかるという現実に直面します。
裕福な家庭ではなかったのでまともに美術予備校に通うこともできず、制作費が必要となればスーパーでアルバイトをして制作費を捻出したりしていました。でも、その甲斐あってか高校生の美術コンテストでは2年連続で長野代表として良い成績を残せたことが、大学進学へ結びつきます。
ムサビ入学当初は、泣きそうな日々だった
__平田さんはムサビ(武蔵野美術大学)出身ですよね。美大受験となれば大抵の人が美術予備校に通うものですが、ほぼ独学で進学されているとは。それも高校の頃からしっかり制作されていたのですね。素晴らしいです。。!
ありがとうございます。自己推薦で受験したので、先程話に出た実績や日々の制作物のお陰もありなんとか進学することが出来ました。というか、たぶん一般入試で受けていたら落ちていたと思いますよ。
__ご謙遜を!なぜムサビを選ばれたのですか?
ムサビを選んだのはいろいろと理由がありますが、彫刻家の西尾康之さんが講師をされていたからというのもあります(現在は客員教授)。田舎なのでアートの情報は基本的に美術手帖を頼りにしていたのですが、氏の作品が掲載されている号は、文面を含めとてもショッキングで。当時特殊造形の技術などに興味津々だった私にはかなり惹かれるものがありました。
__なるほど〜。入学してからはどうですか?
実際にムサビに入学した当時は、毎日泣きそうでしたね(笑)。私だけほぼ我流だったので、同級生の作品を見渡しても自分が圧倒的に下手で、技術的なコンプレックスが強かったです。
制作に当たり自身の軌跡を振り返っていると、まず一番は丸太や石を買うお金はないけど、なんとかして彫刻がつくりたいという思いに行き着きますね。
あと、なぜか当時、アメリカの現代彫刻家であるマシュー・バーニーにはまっていて、その影響なのか自分でつくった造形物を使って実写の映像作品をつくったりしていました。
一度映像にしてしまえば、自分の彫刻を一番ベストな状態でずっとデータとして保管しておけるのではないかと。また、たとえアウトプットの形式が映像だったとしても、システムや構造を彫刻に据えることはできるのではないかと。
自分を変えた一言「君はまだ自分の言葉で喋れてないよ」
__他に、大学時代で影響を受けた人はいますか?
大学時代にお世話になった大学助手さんによって世界を広げていただいたこともターニングポイントだったと思います。その助手さんに「作家になりたい」という話を喫煙所でしてから、学外の作家が手伝いを募集しているという情報をよく振ってくれるようになり、彼自身の手伝いにも呼ばれるようになりました。その先で静岡県立美術館の学芸員の方に出会い、僕の作品ポートフォリオを見てもらったんです。
頑張って説明しようとするんですけど、まず言われた言葉は「君はまだ自分の言葉で喋れてないよ」でした。その言葉は実に的を得ていたと思います。当時の私は今を輝く作家たちに影響されすぎていて、いつの間にか彼らの言葉すらコピーしていることに気づかされました。そこからまた制作に対する意識がガラッと変わったと思います。
__今思えば大きな気づきだったかもしれませんね。
じゃあ実際に自分が何をつくるべきなのか? みたいなことを考えているときに、たまたまちょっとグレている先輩が3DCGソフトで遊んでいるのを大学で発見します。
興味が沸いてきて、自分でもやってみるとすごくピンときたんです。今思えば物心ついた頃から自分の傍にあったものは丸太や石ではなく、ネットカルチャーや漫画やアニメ、デジタルゲームだったと。私のリアリティーはここにあると確信しました。
そこから紆余曲折あって今のスタイルになっていくんですが、今はネットから手に入る既成のデータを組み替えたり、全く別の構造体を仮想空間で生み出すことが自分の彫刻表現なのだと思っています。
納得のいく作品を作り続けていきたい
__私もレディメイド作品を実像でもデジタルでも作るので、とても理解できる感覚です。今怒濤のご活躍をされていますが、これから実現したいことはありますか?
納得がいく作品をつくり続けたいというのはもちろんですが、今ゲームエンジンで動く「仮想ギャラリー」というものを開発している最中でして、共感してくださるプログラマーの方と出会い、世に送り出したいです。また、親和性の高いブランドとのコラボレーションなども展望しています。
__私はどれも近未来のことのように思えました。最後に読者に伝えたいことや告知があればお願いします!
今月と来月と9月にグループ展示、12月に個展を予定しているので、是非足を運んでいただけると嬉しいです。
__平田さん、ありがとうございました!
次回は現代画家のユアサエボシさんです。お楽しみに〜☆
平田尚也プロフィール紹介
平田尚也(ひらた・なおや)
1991年長野県生まれ。東京都を拠点に活動。
2014年武蔵野美術大学造形学部彫刻学科卒業。
主な展覧会
「New Artist 2014」(Gllery Jin、東京、2014)
「Art Jam 2014」(Gallery Jin、東京、2014)
「PLUS ULTRA 2015」(スパイラルガーデン、東京)
「トーキョーワンダーウォール公募2016入選作品展」(TWS渋谷、東京)
「EWAAC London」(La Galleria Pall Mall、ロンドン、2017)
「第18回グラフィック『1_WALL展』」(ガーディアン・ガーデン、東京、2018)
「∃, Parallels, Invulnerability」(トーキョーアーツアンドスペース本郷、東京、2018)
「TOKYO CANAL LINKS #10」(B&C HALL、東京、2018)
「不完全な監獄」(ガーディアン・ガーデン、東京、2019)
「群馬青年ビエンナーレ2019」(群馬県立近代美術館、群馬)
「3331 Art Fair 2019」(3331Arts Chiyoda、東京)
受賞歴
「トーキョーワンダーウォール2016」入選
「第18回グラフィック『1_WALL展』」グランプリ(2018)
「第21回文化庁メディア芸術祭」アート部門審査委員会推薦作品選出(2018)
「群馬青年ビエンナーレ2019」 ガトーフェスタ ハラダ賞受賞。
リンク集
Instagram
https://www.instagram.com/_naoya___h__/