50年後の未来の世界を想像してみてください。あなたの目に映る未来は、明るいですか?美しいですか?
その暮らしは生きていて心地いいでしょうか。
そんなエシカルな循環型社会の未来を目に見える形にした展示会「hide k 1896 コンポジット・テキスタイル展2021」が東京・表参道のgallery de kasuga(ギャラリー・ドゥ・カスガ)で開催されています。横浜で初雪がちらついた12月19日、取材に伺いました。
コンポジット・テキスタイルとは
hide k 1896が提案するコンポジット・テキスタイルとはそもそもどんなものなのでしょうか。
「コンポジット・テキスタイル」はその名前の通り、「複合生地、複合布地」のこと。カーボンファイバーなどの人工繊維や麻・綿・絹などの天然繊維に、リサイクル性のある熱可塑性樹脂を複合することで誕生した新しい素材です。やわらかでしなやかな風合いを保ちながら、キズや水に強く、軽い上に、縫製可能というのがその特長です。
熱可塑性樹脂とコンポジット・テキスタイル
熱可塑性樹脂とは、熱を加えて可塑性を高めた合成樹脂(プラスチック)のこと。
hide kasuga 1896率いる春日秀之氏は循環型社会の在り方を常に模索し続けています。氏の長年の研究がこのほど開発したのが新素材「コンポジット・テキスタイル」です。
カーボンファイバー・グラスファイバーなどの人工繊維はもとより、麻・綿・絹などの天然繊維にリサイクル性を高めた熱可塑性樹脂を複合したこの新素材は傷・水に強く軽量で、縫製も可能なため、さまざまな用途に活用できます。
循環と再生を前提に開発されているこのコンポジット・テキスタイルの最大の魅力は、リサイクルすることができるということ。
まさに日本発のプレミアム・マテリアルといえるでしょう。
豊かな循環型社会の創造の基軸GCHとは
資源に乏しいながらも、技術と知恵で高度経済成長を遂げてきた日本。日本が世界に誇る素材や技術を下地として「今あるものを有効に再活用し、価値あるものへと転換して循環させる」べく、日本発の循環型社会(サーキュラー・エコノミー)の実現を目指して春日秀之氏が立ち上げたのがサーキュラー・エコノミー・コンソーシアムGreen Composite Hills by hide K 1896(グリーン コンポジット ヒルズ バイ ヒデ ケー イチハチキュウロク、略称GCH)です。
GCHはこの循環型社会の実現に向けさまざまな提案を行い、これに産官学が連携し実装に向けて行動しています。設立わずか2年弱でありながら、この取り組みは大きな広がりを見せています。
原点回帰
hide k 1896がプロデュースする製品には代表取締役である春日秀之氏の出自にまつわる長い歴史を背負っています。
彼の生家はその昔、麻問屋を営んでおり、時代とともにその業態を変化させてきました。彼が生まれた頃はすでにPTFE樹脂を扱う工業会社となり、PTFE樹脂を切削して生まれる樹脂屑を幼い頃から目にしてきました。真っ白でやわらかなその切削屑は、今もあの頃と同じように美しく目に映る。それなのに、使い道がないまま埋め立てられてしまうのが、切削屑の行く末だったのです。
PTFEとは?
PTFEとは正式にはポリテトラフルオロエチレン、あるいは 4フッ化エチレン樹脂といいます。一般的な通称として「テフロン」とも。そうです、フライパンなど表面のコーティングによく使われている、あのテフロン加工のテフロンです。
このテフロンという名称、実は1944年にデュポン社によって「TEFLON」 と商標登録されたもの。1938年にデュポン社による研究の途上でたまたま発見され、製品化されたPTFEはその後、私たちの暮らしに大きく寄与します。直接的には目に触れる機会の少ない大型機器や自動車のベアリング、絶縁体として精密電子機器の電線被覆、人工血管や薬品ボトルなど、その用途は多岐にわたるのです。
PTFE樹脂の主原料は蛍石(ほたるいし)から取り出したフッ化水素酸(フッ素)です。この蛍石もまた限りある資源のひとつ。採取し続ければやがては枯渇してしまう有資源なのです。
白くて美しい切削屑への思い
美しい切削屑をどうにかしたい。その問題意識が彼の研究と起業のモチベーションとなり、やがて循環型社会への切り口となります。飛躍のきっかけとなったのはPTFEリサイクル技術の特許取得です。
PTFE樹脂の循環を可能にした技術開発。こうした彼の地道な研究が、後のコンポジット・テキスタイルの開発へと繋がっていくのです。
コンポジット・テキスタイルの拓く循環型社会とは
コンポジット・テキスタイルの最大の特徴は、テキスタイルに施した熱可塑性樹脂は熱によって容易にはがすことができ、再生することができるということ。
日本古来からある「仕立て直しの精神」(仕立て直して新たな価値あるものに作りかえること)とシンクロするhide k 1896の提案するリサイクルの取り組みは、さまざまな分野で好循環を生み出し、やがて大きな流れとなり、それがいつか通常の生活様式となる。
hide k 1896の目指す景色はその最終形ともいえる「それが当たり前の世界」なのかもしれません。
「hide k 1896 コンポジット・テキスタイル展 2021」そのコンセプトは
前回開催された「hide k 1896 コンポジット・テキスタイル展 2020」は、コンポジット・テキスタイルのお披露目と、循環型社会のけん引役となるべく、産官学で取り組むサーキュラー・エコノミー・コンソーシアムGCH立ち上げの名乗りともなるものでした。
今回はそれをベースに、新素材であるコンポジット・テキスタイルの可能性を探るのと同時に、循環型社会の未来を可視化したものとなっています。
性別・年齢を問わないユニバーサルデザインが特徴
プロダクトデザイナー・根津孝太氏×コンポジット・テキスタイルのコンセプチュアルカーは、「車の存在自体を人にもまちにも愛される存在、共存していける存在」を軸足に、近未来の社会とモータリゼーションを見据えたものとなっています。
ウレタンの車体は見た目だけでなく、触った感じもやわらか。車体の色はほぼ素材そのものの色で統一感がとられています。この車両の発想は、確かに「車とはかくあるべき」を見てきた向きにはなかなか思いつかないものかもしれません。
ラグジュアリーなシンプルさを暮らしに提案
プロダクトデザイナー・清水慶太氏が手掛けたのはラウンジチェアとオットマン(足置き)。優れた加工技術とデザイン性に定評のある天童木工とのコラボレーションによって、コンポジット・テキスタイルのしなやかさとやわらかさ、強靭さを見事に生かしています。
試しに座ったところ、何かに包まれているような、それでいてしっかりと腰をだきかかえられているような心地よさを感じました。
もっといえば、自身が無防備な赤ん坊のように安心して身を任せられる感覚でしょうか。
日本の伝統工芸を彷彿させるように、接続部は金具などを一切使っていません。さらにコンポジット・テキスタイルの防汚性を椅子の形状も含めてしっかりとアピールしているところも今回の展示会の特筆すべき点でしょう。
実際の生活で使用されるシーンで掃除のしやすさは最も気になるポイントです。単なるデザイン美に終わらせず、人の暮らしにすぐに溶け込むプロダクトであることを心掛けて仕上げていることがわかります。
緑に包まれる善光寺、未来への思いをウォールアートに
この展示会の見どころのひとつに建築家・隈研吾氏が描いたウォールアートがあります。長野県善光寺界隈を描いたこのデッサンは、「人と自然とまちの調和」をテーマにしたもので、長い年月を経てもほとんど街並みの変わらない善光寺に刺激を受けた氏が「50年後、100年後の未来のまち」のイメージを善光寺に重ねて描いたものです。
隈氏も自然との調和をその建築デザインに意識的に取り入れてきただけに、春日氏の企業理念に賛同し、共鳴するところが多かったのでしょう。
緑の中に浮かび上がる善光寺に向かってまっすぐ伸びていく仲見世の街並みは自然と調和を果たす未来社会へのリスペクトが感じられます。
世界的建築家・隈研吾氏の手掛けた建築物とはまた一味違うデッサンを間近に見ることができるのも、この展示会のだいご味といえます。会場では筆致をはじめその細部までじっくり見ることができますよ。
「サスティナブル」は、自分の生活を楽しむことから
循環型社会の未来予測から生まれたコンポジット・テキスタイルを使ったコンセプトカーやコンセプト家具は、すでに販売されているエシカルファッションアイテムであるバッグや財布、小物などと同様、洗練されたデザインが特徴的でした。
洗練されたデザイン―――循環型社会実装という大きなテーマを背負いながらもこれだけは絶対に譲れないポイントであったのでは、と強く感じるのです。
会場であるギャラリーの所在地がハイブランドの並び立つ表参道であることもそれを物語っているようでした。
SDGsの造る未来はこんなにも美しい、それをここでは体感できます。
展覧会情報
コンポジット・テキスタイル展2021
公式サイト https://www.gallerydekasuga.com/ja/news_events/1863/
2021年11月16日(火)- 2022年1月29日(土)
開催場所 gallery de kasugaギャラリー・ドゥ・カスガ
住所 〒150-0001 東京都渋谷区神宮前5-6-5 Path表参道 A棟 1F
平日 予約制(contact@gallerydekasuga.comでメール予約)
A 12:00 – 13:00
B 14:00 – 15:00
C 16:00 – 17:00
土曜 12:00 – 18:00(予約は不要)
休館日 日曜日、月曜日