神保町駅、A7出口を出て、すずらん通りを行けば、「文房堂(ぶんぽうどう)」があります。明治20年創業の老舗の画材店。その3階に、アートとカフェをゆったりと楽しめるギャラリーカフェが併設されたのは2016年8月のこと。
「カフェの中にある小さな美術館」という謳い文句通り、展示作品が映えるように設計された空間。居心地のよい静けさがカフェを訪れる人たちを出迎えてくれます。
ここで2020年11月30日~12月6日の日程で、okada mariko 個展 「甘い甘いミルク&ハニー」が開催されました。okada marikoはエンブロイダリーペインティングを駆使するアーティスト。ナンスカで気鋭の刺繍アーティストとして紹介しています。
今回の個展テーマは「おやつ」。個展の案内を飾った作品は刺繍とは思えないほどリアル。スポンジや生クリームのディテールはくちどけのやわらかなショートケーキそのもの。まるで甘い香りがそこから漂ってきそうな、豊かなたたずまいではありませんか?
ふわふわのやわらかなスポンジ、舌の上で軽やかにほどけて口の中に広がる感じ、想像できますよね。
そしてこのドーナツ。キャンバスから浮き出て見えるほど、質感が伝わってきます。
漠然とした思いを形にする
今回の「おやつ」をテーマにした作品群はすべて、コロナによる外出自粛期間に制作されたもの。ギャラリーで個展を開催することは決まっていたものの、その当時はまだテーマなどを明確に決めていなかったと言います。そして緊急事態宣言の発令。それを契機に、普通の日常は一変してニューノーマルへと転換していきます。
閉塞感でさいなまれる日常をうつうつと感じながら過ごすうち、無性に描きたくなったのが「モンブラン」でした。それも、当世流行の進化系モンブランではなく、昔懐かしい黄色いマロンクリームのモンブラン。
この作品をきっかけに、文房堂での個展のテーマが決まり、あとは心の赴くまま、ひたすら制作に打ち込みます。今回は、”至福の時“をカタチにするため、描くお菓子たちはとにかくリアルに、おいしそうに、を心掛けたそうです。作品を目にした人がただ幸せになるような、そんな気持ちだけで制作し続けたのだそう。
はじめのうちはとてもシンプルなロールケーキだったのですが、どう見ても伊達巻にしか見えなくて……悩んだ結果、イチゴとクリームを添えました。後付けしたためか、クリームがこんもりと盛られたボリュームたっぷりのデコラティブなロールケーキに仕上がりました。ケーキはクリームでより一層立体感が生まれたようです。
彼女がこの「おやつ」シリーズで描きたかったのは、掛け値なしに、至福で自分を満たしてくれるものたち。それが大好きなミルクやチーズでできた甘いお菓子だったのですね。
okada mariko の世界観を愛する人のもとで新たに時を刻む作品たち
チョコレートケーキのエピソード
作品「チョコレートケーキ」は新たにカフェをオープンする方が購入していったそうです。お店に飾りたいとの話だったとか。彼女の手から作品が離れ、新しいオーナーのもとで新しい物語をつづっていくかのようです。
彼女の作品はどれも1点物です。同じモチーフであっても手刺繍なので同じ物が一つとしてないのです。作品が手元に残らないことに寂莫感などはないのかを聞いてみました。確かに若いころは作品が手元からなくなるということが何となく寂しく、うっすらとした抵抗感があったと言います。それが時を経てアーティストとして作品に対峙したとき、作品が愛好家のもとで末永く愛され続けるほうが自分も幸福であるとの見解に至ったとい言います。
制作する自分は常に変化していて、作品はいわば生み出された段階で自分の中では陳腐化が始まってしまう。ところが作品を愛好する人たちは、okada marikoの断片とも言える作品の世界観を丸ごと受け入れ飾ってくれる。それこそ、アーティスト冥利に尽きるというものなのでしょう。
だからこそ、「変容する」ことはアーティストとして歓迎しているようでした。生きている限り、人も物も日々変化していきます。変わることが当たり前。ですから彼女は昔の作風に拘泥するつもりはなく、「とがっていたころが良かった」「作風が丸くなった」という評価に対しても、迎合しないと言います。「作品の雰囲気が変わったと言われるのは大切な評価。自分はただ思いのたけを針と糸でキャンバスに描いているだけ」その軸さえ変わらなければ、okada marikoの表現の変容はむしろ当然のことなのだと感じました。
個展は同じテーマで開くことはまずないと言います。次に彼女の作品に会うときは、また違う顔をしているに違いありません。
個展の会期中、在廊して接客する理由は
彼女は個展を開催中は、できるだけ在廊して個展を見に来ている人たちと話をします。アーティストやクリエイターの中にはそうしたことが特に苦手という向きが多い中、ちょっと珍しいタイプかも。
制作はアシスタントなどもいない孤独な作業。作品作りに没頭してしまうと本当に外界と遮断されたようになるのが彼女の制作スタイル。だからこそ、個展など外に開かれた世界に出ると、人恋しくなるのかもしれません。
個展を訪れた人と語り合ううちに、創作意欲がわいてきたり、モチーフが浮かんだりすると言います。人と接することが刺激になるのでしょうか。自分とその人のそれぞれの物語が作品でつながり、作品がその人の手に渡ったとき、新たに作品に物語がつづられ、自然とまた作りたくなるのだとも彼女は言います。
個展が終わった今月初め、彼女はもう走り始めていました。来年には町おこしに関するアートイベントにメインで作品を展示、オンラインでの展覧会に、大阪での個展と、行きつく暇もありません。詳細はokada marikoのホームページでご確認ください。
クリエイター情報(2020年12月8日現在)
okada mariko(オカダマリコ)
公式サイト https://www.okadamariko-art.com/
Twitter https://twitter.com/okada_mariko
Instagram https://www.instagram.com/okadamariko_paintingstitch/
Web Shop https://okadamariko.thebase.in(展示後に一定期間開催)
文房堂ギャラリーカフェ情報
〒101-0051 東京都千代田区神田神保町1-21-1 文房堂ビル3F
TEL 03-3291-3441
webサイト http://www.bumpodo.co.jp/cafe/
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